摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

摂理人の結婚観。自分をつくった人に神様は祝福を下さる。

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そろそろ結婚について現実的に考える年になった。

でも、神様が祝福してくださる“時”があるので、まずは自分を御言葉で一生懸命つくることが最優先課題!( ,,`・ ω´・)
自分をつくってこそ、それに見合った人が現れる。
自分を作ってこそ、不自由なく生きることが出来る。

以前、私は知人の結婚式でカメラマンを依頼された。
一生懸命撮ってアルバムにもして贈った、が、なんと数か月後に離婚。。。私的に、かなり衝撃!
もちろん写真データは破棄。。。せっかく素敵な結婚式だったのに。
非常に残念な思いをした・・・
 

今、離婚をする家庭が社会的にも増えている。学校でも、母子家庭や父子家庭の子供たちが多いそうだ。
そして、浮気や不倫も明らかに多くなっていて、「倫理観はどこにいったんだろう?」と心配してしまう。

人は、心・精神・考えが成長しないうちは、結婚を考えるよりも、自分を磨かなければならないと思う。
相手を赦す心、認める心、器をしっかり整えなければ、些細なことで人を傷つけたり傷つけられたりする。ましてや子育てはなおさら。
傷つけてはじめて「あぁ、私はまだ子供だった・・・」と悟る。

<精神と考え>が未熟なら、未熟なままに行なう。
だから、「愛」もみだりにし、「お金」もみだりに使い、
「見てはいけないもの」も好奇心で手あたり次第見て、
「行なってはいけないこと」も手あたり次第行なう。

(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

神様は一人一人を本当に愛して創られた。
誰も傷つかないように、霊・肉両方が甲斐を感じて生きられるように、“御言葉という材料で”自分をつくり育てるようにされた。
恋愛・結婚の価値観はそれぞれ自由だというけれど、根本的な<自由>ではない気がする。
自分をつくらなければ、足りなさや幼さによって自分を束縛して苦しくさせる。

御言葉で自分の霊・魂・肉をつくってこそ、人生を価値あるように生きることが出来る。

「自分をつくる御言葉って、どんな言葉?」
気になる方は、ぜひ摂理の教会にいらしてみてください。
 
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