摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

そばに分かってくれる人がいない時代

calendar

SNSが盛んな時代だ。
最近、Tik Tokのアカウントを作ってみたが、なるほど、若い人にウケるわけだ…
これ、時間の許す限りずっとみてられるし、いろんな人が工夫して動画を上げているから勉強になる。

 
さて、SNS、特にツイッターで顕著にバズるものがある。それは、「共感できる内容」。
ジャンルはなんでもいいけど、それな!って思ったり、私の気持ち代弁してくれてる!と思われたものが話題になるようだ。
私も別のアカウントで、何気なく呟いたことに対して通知が止まらなくなることがあった。

 
なぜSNSが盛んなのか?
その1つに、「そこが居場所だから」というのがあるかもしれない。
自分ことを伝えたい、居場所を見つけたい、認められたい、分かって貰いたい。これらの内容が大半な気がする。つまり承認欲求。

SNSを見ていて一番悲しいのが、「周りがわかってくれない」という内容。ネット世界の住人は分かってくれる。リプをくれて慰めてくれる。
リアルでは満たされてない人も多いみたい。

 
人は自分の事を分かって貰えない時に寂しさを感じる。
私も、ずっと自分の居場所を見つけたくて、理想のタイプの人は「自分を理解してくれる人」だった。

しかし、人間同士が完全にわかり合うことなど出来るだろうか。自分のこともよくわからないのに。
 

私は結局、人生を歩んでいく一生の理解者として神様を選んだ。
いつも隣にいて、自分以上に自分のことをわかってくれる存在だったのだ。
大きな計り知れない愛を知り、人間不信が解かれていったし、人を愛すること(人間愛)を知ることが出来た。元々、人に興味がなく、共感力の欠ける人間だった。共感してあげる前に、自分の意見を言ってしまう(考えてしまう)タイプだった。
 

人は自分のことを分かって欲しいと願うけど、では、神様のことを分かってくれる人がいたのか?と、御言葉で気付かせてもらった。
神様のことを人は100%知ることはできない、けど、その心情と愛を深く悟って教えてくれたのが鄭明析先生だった。
先生も、自分のことを誰もわかっていないと思っていた時があった。

人々は自分のことを分かってくれることを願っている。分かってくれない時には背を向ける。
人はわかってくれないと言っても、私は地球上の人がわからなくても神様が分かってくれれば十分だと言ったけど、その言葉は本当でした。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉)

神様は何を願うのか?
人間をなぜ創ったのか?

こういう疑問を長い歳月をかけて先生は解いていった。そしてひたすら伝え続けた。

 
神様がSNSを使ったら、どう使うんだろうな〜と考えてみる。
きっと、私達人間一人ひとりに向かう、ただひたすら愛と御言葉なんだろうなぁ。
それを見てリプライをくれる人が、どれほどいるかわからないけど…。
ずっとずっと、発信し続けると思う。

自分を創造なさり、天地万物を創造なさった神様、聖霊様、御子、絶対者がしたこととその心をわかってあげなければならない。神様がしたことを分かってこそ神様に栄光を帰す人になるし、自分のため、神様のため仕事をして、万物を通して神様の御力を見せ、一層しるしを見せてくださる。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉)

 
ランキング参加中!