摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

もし摂理がカルト宗教だったら起こることを考えてみた

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キリスト教福音宣教会(俗称:摂理)がカルトだと言われていることは、残念ながら知られている。
本当にカルトなのか?ということを、「もしカルトだったら」を想定して考察してみたいと思う。
 

1、普通の生活が崩壊する

学生なら学校へ、社会人なら職場へ。それぞれの選んだ場所で社会生活をする。これは至って普通のことだが、摂理でもこれが普通なのだ。
私も至って普通の職場勤め。平日5日働いて土日休むのルーティン。
他にも自分で事業をしたり、親の介護をしているメンバーもいる。
それぞれの地は、自分自ら選んだ場所なのだ。
カルトって時間拘束されて学校にもいけないんだって?どこの話?

2、変な儀式をする

カルトってイメージ的に、変な儀式するって認識なんだけどwww
教祖様を中心にしてなんかロウソクとかつけて祭壇設けて変な衣装きてやる感じ???なんか呪文みたいな唱えるの??
私の勝手なイメージだからね。つまり、摂理にいる私はそういう光景を一回も経験したことないっす。
明るい教会に日曜行くだけです。

3、女性が皆いなくなる

摂理が無念なことに、女性問題があると言われている。
しかし、賢い女性ばかりだから。みんな元気に信仰生活してます。
仮に、女性問題があったとしたら、私はそんな団体ぜーーーーったいに所属しない。嫌だもん。
判断がつきますよそれぐらい。
摂理に8年いて、セクハラあったとか一度も聞いたことない。

4、教理に洗脳されてる

教理通りにしないと裁かれる。宗教上の問題で様々なことが制限される。絶対的な存在に支配されている、など。
ちょっと待った、これは摂理には完全に当てはまらない。
沢山の人がいるが、考えもそれぞれ。
ただ、シンプルな1つの核はこれ。

イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
これがいちばん大切な、第一のいましめである。
第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
(マタイによる福音書22章37-39節)

これだけなのだ。実にシンプル。(けど、とても難しい。)

この1つの芯があるからといって、洗脳されてると言えるだろうか?
誰しも自分の軸にしているものがあると思う。ない人もいるけど。
でも芯って、普通に生きる上でも凄く大切じゃないかと思う。

5、信者が減っていく

自分の所属してる団体がカルトだと聞いたらそうだよね普通。ちょっと考えさせていただきます…といって引き下がっていくよ。
日本での2006年の報道があってから現在に至るまで、信者が減っていったということはない。むしろどんどん増えて日本に、世界に広がっている事実のみ。

6、他のものが信じられなくなる

カルトは、そうでない人間や社会と隔離されるため、偏った見方や物の考え方が生じる。故に、自分の信じてるもの以外は信じられなくなったり、組織外の人間のことを不信するようになる。

摂理はどうか?
私は逆に摂理に来て、人間不信が治った。
どうしようもない人間不信だった。対人関係にトラウマとコンプレックスを抱えており、根暗だったし、なるべく人と関わらずに生きていきたいと願う人だった。
しかし、人の温かさを摂理に来て知り、今はどの職場に行っても明るいと言われるし、自分のことをオープンに出来るようになったし、褒め言葉を素直に受け入れられるようになったし、同僚との信頼関係もある。良い方向に変化していくしかなかった。

7、お金を搾取される

カルトは大金を献金することを強要したり、身の丈に合わないものを買わされたりするそうだ。そんなお金集まったら今頃摂理はでーっかい教会を高額な土地世界中に何個も建ててるだろうねー今のところそーゆーのないんだけどー。そして教祖がめっちゃお金持ちになって贅沢暮らししてるはずなんだけどー。
ある日の御言葉で先生は「私は市場で1000円ぐらいの買って着るから大丈夫です。安くていいもの市場にはたくさんあるから!」とプチプラ宣言したからね。仲間意識芽生えたよね。

つまり、基本的なこと以外は、摂理はお金はそんなに大事ではないってこと。あるに越したことはないけどねww
一人一人の生活が第一ってこと。

 
以上、7つにまとめてみたが、結論として、摂理=カルトというのは早とちりなんじゃないの?と思う。
外から傍観してあーだこーだ言ってる言葉は信憑性が薄い。
深く検証したい人はまず御言葉聞いて礼拝出てみることが一番。
 
摂理の報道について詳しく知りたい方は下記のページへ。わかりやすくまとめてあるのでおススメ。

摂理の真実

 
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