摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

鄭明析牧師の出所後、直接その姿を見ての感想。

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あけましておめでとうございます。
今年も、摂理の彩りをよろしくお願いします。

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さて、去年2018年はキリスト教福音宣教会(通称:摂理)にとっても、私にとっても大きな年だった。
10年間投獄されていた総裁・鄭明析牧師が釈放されたからだ。

 
先生は長い間獄中生活をしていたのだが、私はその間に摂理の御言葉に出会ったため、直接先生の姿を見たことがなかった。
先生が若い頃の写真を見ては「こういう感じの人だろう」と想像するしかなかった。
ずっと御言葉でしか聞いてこなかったその人。
聞いて信じてきただけなのに、よくここまで諦めなかったと自分自身を不思議に思う。
御言葉で「こういう人」「こういうことを行なった」・・・それが、私は直接見ることができなかった。直接見た人を羨ましく思った。10年は私にとって、とても悔しい長い長い歳月だった。ずっともうこの先も会えないんじゃないかと思ったことさえあった。

 

そして、去年ついに月明洞へ行くことができ、直接、初めて、姿を見ることになったのだ。
長い間待った甲斐があった。
 
見てきた感想。

「あぁ、やっぱ先生だな・・・うん、先生は先生だった。」

意味がわからないかもしれないが、端的な感想。

つまり、私が今まで聞いてきた御言葉を、”実践している姿そのもの”だった。
御言葉に出てきた”鄭明析”という人間は、御言葉で言っていた通り実践し、実践したこと以外は決して語らない人だった。
御言葉そのものが先生だった。
うわべの言葉や理論ではない、自分が行ったこと・悟ったことだけを伝える、まさに実践哲学者だった。
私が行った時、先生はスポーツ、木の剪定など、様々な作業をしていた。

彼の姿を見て、私は確信めいたものがあった。
「本物だ」と。

私は直接出会ってみて、自分の無知と浅はかさを知った。
そして、天の大きな愛を悟ったことがたくさんあった。

 
自分にとっても大きな転換期になった2018年を終え、今年はさらに天への愛に火をつけて御言葉を実践して行きたいと思う。
私ももう30代。しかし、やるべきことがたくさん残っている。

 
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