摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

フォトジェニックと神様の視点

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フォトジェニックと神様の視点

最近よく聞く言葉。「フォトジェニック(Photogenic)」。
「写真映えする」とか「写真写りがいい」とかいう意味。

インスタが普及し始めてから、あらゆるメディアで聞くようになった。
ティーン向けの雑誌でもフォトジェニックな写真が撮れるスポットの特集が組まれるほど。
写真映えのする場所やスイーツ、コスメなどが人気を博している。
「フォトジェニック」は、今や一つのおしゃれキーワードだ。

 

先日、引越しをして新しい部屋に移り住んでから、写真を撮る機会が多くなった。
日差しがよく差し込み、カーテンから注ぐ光の加減が絶妙で、まさに「フォトジェニック」。
やっぱ写真は自然光に限る。とくに飲食物は。

 

仕事で写真を撮る機会が多いが、自分で趣味で撮ったものは一番楽しいし嬉しい。
仕事だと、「美味しそう!素敵!」とは思うけれど、綺麗に撮らなきゃというプレッシャーとか仕事人というプライドとか戦略的な構想とかいろんなものが混ざった・・・とにかく、純粋ではないものが出来上がる笑

 

メディアが氾濫する中、自分だけの「綺麗!」「かわいい!」「素敵!」、そんな感動を求めて、フォトジェニックな写真を探す人が増えてきた。
自分と大切な人の経緯に、自分だけのアルバムに。。。
「フォトジェニック」な写真を撮ってシェアすることによって、心と生活に彩りをもたらしているのかもしれない。

人が感動するのは、複雑なものではなくて、きっと直感でビビッと来るものなのかも。
仕事でもそんな風にできたら・・・(でも、仕事だからね;)
 

神様が創ったものは、本当に美しい。
全てが絵になり、宇宙万物の神秘ほど心を揺さぶるものはない。
「そよ吹く風さえ神を語る」という賛美歌の歌詞の通りだ。

 

では私自身は、神様から見て「素敵だ!」と思われているのだろうか?
御言葉を行う中で、いろいろもがくことも多いけれど・・・
とっても泥臭くて見てられないところもあるだろうけど・・・
でも、神様は一番人間を「甚だ良い」存在として創って育ててくださった。
どんなに自分が足りなくて泣いても、もがいても、人間の視点と天の視点は異なる。

 

<世の中で見る神秘さと美しさと価値>は
「神様がご覧になる次元」と異なり、「神様の考え」と異なる。

(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

 

もし神様がカメラを持ったら、何を撮られるんだろう?
私がレンズに写って「あ、素敵だ!」と、思わずパシャ!っとしたくなるような、そんな精神と霊の綺麗な人間になりたいなぁ。

 

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