摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

芸術家が大いに悩む根本の問題。結局は宗教にたどり着く。

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宗教と美術の世界は似ているとも言われる。
どちらも精神世界において突き詰めるものだからではないだろうか。
絵を描いていると、(特に大きな絵を描いていると)あれこれ考えが浮かんでくる。
・・・本当に考えてしまう。考えざるを得ない状況になるから(笑)
絵画を描きながら何にも考えないでいる人がいるだろうか。

芸術と本気で向き合ったことのある人なら、経験したはずだ。
 

「なぜ私は絵を描くのか」

「なぜこれを描いているのか」

「芸術ってなんなのか」

「何が芸術なのか」

「私がなぜするのか」

「自分ってなんなのか」

「なぜ自分はこの道に来たのか」

「なぜ描くのが好きなのか」

「世の中にとって芸術ってなんなのか」

「自分の存在や作品がなにか役に立つのか」

「芸術は結局エンターテイメントに過ぎないなんじゃないか」

 
・・・・・・書き始めたらきりがない。(それぞれの分野であてはめていただければわかるかも)

 
私も摂理の御言葉に出会う前まではあれこれ考える方だった。
とにかく、自分探しの旅に精神があっち行ったりこっち行ったり、悩みの無限ループ&アリ地獄にあ~れ~!ってなったりw
特に悶々としているときが一番苦しい。でも結局自分で出てこなければならないから一層産みのの苦しみが増してくる。
一生この「めんどくさい自分」と付き合っていくわけだから大変だ、孤独だし!

 
芸術家は特に、自分自身についてや人生を迷い、悩み、憂いて、考えすぎた挙句に精神の病になり、悲劇の運命になりえる。
まぁそこまでならなくても、大いに悩むことをきっと経験するだろう。
芸術家はなぜそのような苦悩の道に行ってしまうのか。
(人とちょっと違うし変人が多いからか?とも考えたけどw)
それは、決して「売れないから」とか「理想の表現に近づけないから」というだけの問題ではないように思う。もっと根本的な問題。

 
自分自身を振り返ってみると、こう思う。

「人生と芸術の“目的”が分からなかったから」だった。

 

人は目的の通りに生きていく。目的がなければ、何をやっても空回りだ。
芸術の目的もそうだ。「自分はどう生きるのか」ということを明確にしなければ、全てが空回りになる。
表現方法をどうすればいいか分からないとか、うまく表現できないジレンマに陥っているのは、根本的な部分から。

自分についてわからないし、目的がないから更にさまよう。

 

また、「芸術家は一生悩むものだ」とよく言われる。「芸術には答えがない」とも。
しかし、私はこう思う。

「芸術家こそ、人生の答えと目的を見つけるべきだ」と。

見つけるための使命なんじゃないだろうか?
「見つからない、答えはない」というのは「わからない、降参で~す」ということと同じだ。

 

神様は、私たち人間に「表現すること」「つくること」を与えてくださった。
神様ご自身が「Creator(創造者)」だから、人間もそれに似せて創られた。

『神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、』
(創世記1章26節)

私たちがよく使う「クリエイター」とは、実は創造主、神様の意味でもある。

じゃあ、美しい芸術作品とも言える宇宙、奇跡の地球、非の打ちどころがない自然万物・・・そして人間。
神様はなぜこれらを創ったのか?
どんな目的で?私たちはどういう目的で存在するようになったのか?・・・・・・・

摂理の御言葉は、芸術家こそ聞いてほしい言葉だ。人間の根本、精神について、芸術の根本が見えてくる。
聞きなれない話だから最初はアレルギー反応を起こすだろうけど。(神様とか知らないしw)

 
しかし、御言葉を聞いて実践すればするほど、「芸術には答えがあるんだ」と実感するようになる。そこから、制作が喜びと甲斐で満ちるようになった。悩んでいたことや不安を抱えたままの制作はしなくなった。
むしろ、もっと次元を上げて研究する希望が湧くようになったから不思議だ。
御言葉を聞いて、自分自身の骨組みから見つめなおし、無限ループの鎖から解放される経験をしてみたらいいと思う。
そして、御言葉を聞く中で、芸術の答えをぜひ見つけてほしいと心から願っている。

 
結局、芸術を突き詰めていくと、精神世界において宗教や信仰心にたどり着く。
人間同士だけでは表せない、この世の事象では表現できない「極地」を求めて行くならば尚更。
歴史を振り返っても、美術家、音楽家など、信仰をもって偉大な作品を残した人々が多い。

 
宗教家でもあり、芸術分野でも活躍される鄭明析先生は、芸術に携わる人にこう言った。

「自分を傑作品に作りなさい。」

「人は一生、“自分をつくる”ことだ。」

「人は作り方次第だ。」

自分をどう作ったかによって、生き方が変わり、作品が変わる。
“自分の人生という作品”に、磨きをかける芸術家になることを願います!
表現方法はその次。<土台>の上に<家>を建てないといけない。

 

子供の時から「人生をどう生きるべきか?」と考え、
神様と御子の御言葉で自分を偉大に作ることに挑戦しなさい。
そうしてこそ、肉も霊も地上で最高に大きな人生になる。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

 

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