摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

アート作品の本当の価値

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アート作品の価値は、どうやって決まるのか?
作品を作る人なら一度は考えたことがあるかもしれない。
「なんでこんな作品がこの値段で評価されてんだよムキー!!」ってなることもあったかもしれない。

豪邸一軒作れるぜレベルの作品の値段は、どうやって決められているのか?
作者が亡くなってからしか価値は上がらないのか・・・??
摩訶不思議なアートの世界。解せぬ。

 
アートの価値は、作者、素材の貴重さ、歴史的価値、背景、作品そのものの大きさなどで秤にかけられる。
純粋に周囲から評価を得る場合もあれば、利益を得たい人が作為的に価値を上げて市場に投じる場合もある。
どの作品が、とか、どのジャンルが、とかは一概には言えない。
まぁ、現代アートは後者が多いと思うけど;
 

価値の判断基準は人それぞれだ。70億人いるなら70億通り。
メディアが「これは価値がある!」と言えばそうなのかと感じてしまいがちだが、そうではないと思う。
たとえ数億の値段がつけられた作品だとしても、「いい絵には見えない」とおもったら、その人にとっての価値はゼロに近い。
「値段=価値」ではない。

 
摂理に来て間もない時、私は「芸術をしている」というから興味を持って来たのに、蓋を開けたら「え?これが?」と思うことがよくあった。
芸術とは何かを考えるようになった。
 

御言葉を学ぶうちに、自分の判断基準はとても曖昧に思えた。
神様の価値基準と、人間のそれとは全く違うのだった。
簡単にいうと、神様のために真心をもって創った作品は、すべて大きな価値があるということだった。
それは、スキルなどは関係なく、御言葉にそって描いた作品や天を証する作品など。
小さい頃から絵を描いてきた自分にとって、最初少し納得のいかないところもあったが、芸術の意味を本当に悟った時に、自分の心に火がついた。

そして、一番の芸術家は、なんといっても神様だと知った。
あの美しい天国と、宇宙と地球のあらゆるものを創り、人間を創り。
空と雲を動かして表現する、どんな人も真似することのできない作品。
雲に値段がつけられるだろうか?
星一つにすら真っ当な値段をつけることが出来ないのが人間だ。

神樣の存在を知って、自分のアートに関する価値観が変わった。
どんなものとも変えることのできない、その価値。値段のつけられない経緯。
「はぁ、これが?」と、その次元でしか見ることのできない、本当に幼い私たち・人間だ。

 

話はそれるが、摂理で作品を創る人は「芸術家」とか言われるが(私も例外ではなく)、私は正直恥ずかしくて仕方ない。
自分で芸術家だという人はもちろんいないが、芸術をする人にとって「芸術」という言葉は、非常に恐れ多い言葉なのだ。
こんな私に軽々しく使わないでほしいと思っている。
偉大な芸術家・神の前で、自分の作品など微生物にも満たない。
 

アートの価値は、本当は神様が決めるものなのかもしれない。
世の中で決められた価値は、人間の歴史が流れれば流れるほど、変わっていくものだ。
神様の前では、人間が大きな価値をつけた作品が、実はそんなに価値がないというのもあるかもしれない。

<肉的な考え>は肉体が死ぬ時まで考えても、
「霊的な考えの前では幼子」だ。

(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

 
ちなみに、無名のMinoriが描いた作品は子供の落書きのようなものだが、その価値は神のみぞ知るところだ。

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