摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

流行は誰でも作ることができる

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夏だ。
今年のトレンド、オフショルダー。
肩出しなんてよく流行らせたな〜みんな肌隠したがるのに。
流行じゃなければ着ないよね。肩出しとかギャル服ぐらいしかなかったから「露出しすぎw」みたいな感じは以前まであった。
でも、今はどこもかしこも女の子、オフショル。もしくはカットソーにレースキャミ。
みんな着てるから大丈夫、私も着よう的な、右に倣え思考は日本人が捨てたらいい古いものだと思うんだけど・・・;

オフショルはさすがに露出高すぎて着れない。わたし肩幅広すぎてガンダムみたいになるんですけど。

 

摂理に来るずっと昔から、何かに治められ、型にはめられることが大嫌いだった。
流行は仕事柄、横目で見つつ、自分が本当にいいと思ったものを選ぼうと思っている。
雑誌に載ってるそのまんまの格好はしたくない。
「流行ってるから着る」「みんな買ってるから買う」・・・そういう考えが本当に嫌いで、自分の個性ってなんだろうっていつも考えてた。

 
そこで、摂理に出会ったから、もうやりたい放題やらせてもらった。
個性と人の視線の間で葛藤していた自分とおさらばできた。うん、最高の環境。

 

さて、流行は約2年前から計画的に作られるものだから、下手すりゃ誰でも作れちゃうかもしれない。
もちろんかなりのビジネス戦略が必要だけど。

流行の波に乗るのもいいかもしれない。
いつも人の最先端を行くことができるし、新しいものを取り入れることができる。
・・・しかし、限界がある。
流行を追うことは、人が作った何かに沿って生きているだけのことだから。
 

”自分自身で”何かを生み出す人、これに勝る人はいない。
自ら実践する人は成功するし勝利する。
流行を自分で作りたい人なら、研究して作っちゃえばいいと思う。
そういう人たちが日本にもっと増えたらいいな。

 
何かに治められず生きる方法は、自分から行うことだ。
自分自ら物を作る人、アイデアを生む人、仕掛ける人、社会を作っていく人、歴史を作っていく人・・・

そういう人、素敵だと思う。
私はここで生きていて、できることを自ら行うことだけが残っている。

時代の波に乗って。
時代を動かしていく神様と共に。

 

自ら行なう人>は「自動装置になっている機械と同じ人」です。
スイッチを押しさえすれば自ら作動する自動機械のように、電池さえ入れれば自ら作動する時計のように、主の考えと一体になって、自ら行なうようになります。

食べて、寝て、息をすることは誰かが代わりにしてあげることはできません。
これと同じく、<人間の責任分担のこと、自分のすべきこと>は聖三位も代わりにしてあげることはできません。

<自分のすべきこと>を前に置いて、<神様が命じたこと>を前に置いて、自ら実践する心と精神と考えを忘れてはいけません。

どんなことでも、誰かに言われてではなく、本当に喜んでやりたくて、自らやらなければなりません。

(鄭明析牧師による主日の御言葉)

 
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