摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

摂理に来て、「プールに行く」という一番嫌いなことをやってみた。

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Minoriは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の”運動不足”を除かなければならぬと決意した。
Minoriにはスポーツがわからぬ。Minoriは、引きこもりの人である。絵を描き、遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう夕方 Minoriは家を出発し、交差点を越え道越え、何キロかはなれた此この市民プールにやって来た。

 
・・・というわけで、プールに行ってきたヾ(⌒(ノ’ω’)ノ

 
水泳は本当に、トラウマだった。
中学時代の水泳は皆勤賞ならぬ、皆サボり賞。まじで。
いい思い出がないのだ。できればプールとやらに近づきたくない。

しかし、メンバーの姉さんの水泳やりませんかの連絡でふと思った。
「水中ウォーキングなら運動いけんじゃね?」

・・・そう考えたのは私的に狂気の沙汰だった。だってあんなにプール嫌いなんだもん。
天が感動を与えたとしか思えなかった。
とりあえず直感のままに水着とラッシュガードを買ってみた。(水着売り場、若い学生の女の子とかしかいなくて私だけ場違いで焦った)

 
そして今日、予定が合ったので行くことにした。
ウォーキングのやり方を丁寧に姐さんが教えてくれた。(でも水が怖いのはやっぱり変わらず、泳ぐまでは出来ず;)
かれこれ1時間ぐらいいろいろやって終了、なんか楽しんでる自分がいた。

あれ?楽しい〜水につかること自体、何年ぶり?

 
プールに限らず、苦手だったことが摂理に来てから次々と克服されてきている。
なんだか自分の力じゃない”感動・感化”で動いている、とっても不思議な感覚。
決して、嫌々やらされてるわけではない。
主が共にしているってこういうことなのか。

 
「実践しなさい」という御言葉は、自分が思っている以上に神様の大きな計画の中にあるんだと感じた。
自分が自分の考えで実践したいことなんて、好きなことや興味あること、高が知れているのだ。
自分のちっぽけな考えは捨ててこそ、新しいものを発見する。
そんなことを考えながら、また何かを悟れたらいいなと思って次行く日程計画中。

心を空ければ、
三位一体がどれほどよいように、うれしくなるように、
興奮するようにしてくださるか、分かるか。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

<本当に好きにならなければならない貴重なもの>も、
「自分の水準」が低ければ好きにならない。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

 
足がポカポカ〜!
おやすみなさい。

 
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