摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

摂理人の処世術

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クリスマスを過ぎると怒涛のように押し寄せてくる、そう、忘年会。
新年会。
送迎会。
歓迎会。。。

 
何かとお酒の席が多い。
摂理人はお酒を飲まない。
飲む必要がない。

 
なぜなら、憂さがないから憂さを晴らす必要もなく、わざわざ健康を害するものを摂取する必要もなく、本音を言うこともコミュニケーションも、アルコールの勢いに頼る必要がないからだ。
御言葉の力ってすごい。
頼るのは主、ただそれだけだ。

 
(最近の若者はお酒を飲まないらしいね。
学生時代に飲兵衛だった私もそれには感心する。(もう、ひどかった))

 
そんな摂理人は、社会人メンバーが圧倒的に多いわけだが、どうしてるのだろうか。
飲みに付き合って親睦を図る所に混ざれないのか?会社で浮いたりしてるのか?
御言葉に狂って、人と馴染めず、ちょっと変な人〜なんて思われたりして、、、
いやいや、そうではない。
鄭明析先生の弟さんであるポムソク牧師が以前こう言っていたのを思い出した。

 

「”愛”が戦略だ。」

全てのことを愛で行う。
自分の利益や祝福を求めて行う愛は、本当の愛ではない。計算の愛だ。
先生は、全てのことを、真実な愛で行なって来られた。

 
・・・お酒を飲まなければ、周りに馴染めないのだろうか?つれない人、冷たい人と思われるのか。学校や会社で人間関係をうまく築いていけないのだろうか?

 
私はそうではないと思う。
摂理人は、とても素直で明るい。誠実で、人の不幸を一番嫌う。
涙もろいし、人間臭さ満点だ。

 
天を愛し、その溢れる愛で人を愛すること。それが摂理の生き方だ。
天の前で、素直に、美しく、全てを愛して、御言葉を守る生き方。
それが摂理人の処世術だ。

 
人は自分の益ために計算し策略する。
でも、摂理人はそういう計算ができないのだ。本当に何もわからなくて、不器用だ。
だから、幼子のような人が一番神様の前で大きい人だと聖書でおっしゃった。

 

御言葉通りに行うことは、世間とのギャップが大きくて戸惑うこともある。
しかし、自分が御言葉を行なった分、周りの御言葉を知らない人たちにもたくさん益があったことを私は経験した。
そして、お酒に頼らずに和睦をなしたことや、仕事がより円滑にできたことも経験した。
平和を成す本当の処世術は、”愛”と”御言葉”だと確信している。

 

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