摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

自分の価値は誰が決めるのか

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青春時代を生きてきてこのかた、自分の価値を誰も教えてくれなかった。
学校も、家庭も、友達も、部活も習い事も、どこに行っても、自分の価値を教えてくれるところがなかった。

自分の命がどれほど大切なのか、教えてくれなければどうやって知ることができるだろうか。
だから、自分の価値がわからないという人がとても多くいる。
自己肯定感が低くて、自分を卑下してしまう人、落胆してしまう人、人と比べてしまう人。私もその一人だった。
周りの人が本当に羨ましくて、妬ましかった。特に、自分の分野である『絵がよく描ける人』。
自分の中で一番嫌いだった感情「嫉妬」。
一番欲しかったもの「賞賛」。
いつもMinoriちゃんはすごいねって褒められたい、人に認められたい、って思ってた。

 

また、人間同士で、あの人はこうだああだと言って価値を決める。それに左右される。
わたしは、片方で、それにも嫌気がさしていた。褒められたいのに人の目が嫌ってわがまますぎる。
 

しかし、神様から見たら全く違うんだよということを、御言葉で教えてくれた。
心の鎖や足枷がストンって落ちた。本当にそんな感じ。

 

今は自負心がある。
社会でどんなことを言われても、相手を許せるようになったし、変なプライドもない。
自分が好きになったし、肯定的で性格も明るくなった。自分からこう言えるんだからすごい〜w
「変われるよ!」って御言葉を勧められて、「この私を変えられるもんなら変えてみろボケナス」と思って聴き始めた御言葉だった。
 

なぜ、御言葉を聞いて実践すると変わるのか?

・相対的な人の価値観を中心に回っていた思考から、絶対的な公義の神様を中心にする思考に変わるから。
・神様を意識するようになるから。
・自分に対しての間違った価値観や認識を正せるから。
・神様の目で善悪の分別ができるようになり、自分軸ができるから。
・叶えたい夢や希望、願い、目標を持てるようになるから。
・聖三位の、自分への大きな愛を知るから。

・・・理由を挙げたらきりがない!
 

結局、自分の価値は、神様の前での「自分の行い」によって変わる。
人が決めるのでもない。神様が勝手に「お前は最初からこうだ」と決めつけるのでもない。
自分次第なのだ。
だから、神様がくださった基本的な命の価値の土台を元に、自分を変えれば価値はいくらでも上げることができるのだ。

 

自分が行なう能力をみんな持っている。
だから最高の次元で行なって、最高のものを永遠に得て、享受する人になりなさい。
そのような人は「最高の選択」をした人だ。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

みんながあなたを詰問しても、
主だけが正しく分かって行なえばいい。
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より)

 
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