摂理の彩り〜芸術と信仰生活〜

摂理で絵を描いてるMinoriの日記帳。芸術関連の備忘録。

摂理という宗教は金がかかるのか

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一番最初、礼拝に来て戸惑った一つが「献金」だった。
献金についてよく知らなかった私は「え?お金払うの?」って感じだった。

でも、ちゃんと学んで意味を知ってからは納得。
そうでなかったらケチなMinoriは絶対今も「これだから宗教は・・・」って嫌がってたと思う。
 

そういえば、うちの家はプチ熱心な仏教で、お寺に何かあるたびにお布施してるなぁ・・・
あれも献金だよね。でも言われてするんじゃなくて、習慣というか。そんな感じ。
お歳暮とかと同じ感覚かもしれない。

 
お金って、自分の懐にあるものであれば、どういう使い方をするのかは一人一人違う。その辺は自由だ。
社会人になったら給料をもらうから、趣味や習い事や好きなことに時間とお金を投資する。

私は多趣味だとよく言われるし、趣味に、特に絵に時間とお金をかけることが多い。制作費や画材代、ギャラリーの賃料などが主な出費。
あとはお洋服かとコスメかな〜w
その中の一つとして、宗教があってもいいのではと思うんだが。

 

礼拝が好きだから、御言葉が好きだから、神様が好きだから、礼拝を捧げて献金する。教会で必要なところに使ってもらう。
それによって自分も楽をしたり得をさせてもらってるし。

それが何かいけないことであるかのように「宗教にお金をつぎ込んでいる」とか偏見を持たれたくはない。
好きなことのために使うのに何か問題があるのかどうか。

ちなみに、うちの教会では信徒たちの献金をどこにどう、いくら使ったか、細かくみんなに報告される。
不正がないように、みんなで管理している感じ。
教会はみんなのものであり、なにより神様のものだから。

 
もし、礼拝に初めて来て「はぁ、お金がいるのか」と思った方は、別に無理にする必要はないと思う。
献金は真心と感謝でするものだから、金額は関係ないし、人の目を気にする必要もない。
献金は義務ではなく、与えられた権利だ。
以前うっかり忘れた時、特に誰からも責められることもなかった。(心が痛かったけどw)

 
私は御言葉をタダでもらっていることが本当に感謝だし、お金には換算できない価値のあるものだと思っている。
物質より、まずは主が受け取りたいのは真心、愛だと思う。それをお金という形で表したのが献金。
誰かにお礼するときも、のし袋に包んだりするでしょ。

 
だから、摂理という宗教は、特にお金がかかるわけでもなく、強要されるわけれもなく、使い道は自由。
趣味も、経済も、生活も、神様と一緒にすれば、間違いない。

 
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